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zoom RSS アショーカ王の石柱碑

<<   作成日時 : 2012/08/27 04:43   >>

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アショーカ王は伝承によれば、マウリヤ朝のビンドゥサーラ王の多数の王子の一人として生まれました。父王の死で長兄らとの王位争いに勝って、第3代の王(在位前268〜前232)として即位しました。即位後も多数の異母兄弟を殺したといわれています。父王から継承した領土に加え、即位9年目にデカン東北部の強国カリンガを征服して、半島南端部を除くインドの大部分とアフガニスタン南半を支配しました。
カリンガを征服した際、数十万の犠牲者を出しました。アショーカ王は戦争の悲惨さを痛感し、これを深く後悔し、武力を放棄して、ダルマ(仏法)による政治の実現をめざすようになったといわれています。王は仏教に帰依し、各地を巡行し、ダルマの政治内容を詔勅として各地の岩山に刻ませたり(アショーカ王の磨崖碑)、磨かれた高さ10〜13mの巨大な石柱に刻ませました(アショーカ王の石柱碑)。これらの碑文などでダルマの内容として繰り返し伝えられているのは、不殺生と正しい人間関係であり、父母に従順であること、礼儀正しくあること、年長者を敬うこと、常に他人の立場を配慮することなどです。
アショーカ王石柱碑


 石柱碑の頭部         インドの国旗
法輪はダルマ、獅子は王の権威の象徴(左)。紋章はチャクラという(右)。

アショーカ王は病院の建設、道路や灌漑施設の整備などの社会事業を進めたほか、第3回仏典結集を援助し、スリランカ(セイロン島)などの国外への布教活動も行いました。
中部インドのサーンチーの仏舎利(釈迦の遺骨)を納める仏塔(ストゥーパ、卒塔婆)はアショーカ王時代の創建です。五重塔などの起源もここにあるといわれます。
サーンチーの仏塔(ストゥーパ)

アショーカ王の治世に仏教は広まり、仏教徒によって理想的な君主として尊敬されました。


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