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teijuの「切手で見る世界の歴史」
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ホームページ「切手で見る世界の歴史」は通史的に切手を並べて解説をつけましたが、このブログでは、人物や事項を掘り下げて説明しようと思います。取り上げたらいいと思われる人名や事項などがありましたらメールしてください。

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タイトル 日 時
パキスタンの独立
パキスタンの独立 パキスタンは、インド半島の北西部を占めるイスラーム教徒の国です。正式国名はパキスタン・イスラム共和国です。イギリス連邦加盟国です。首都はイスラマバード。最大都市はカラチです。 面積は80万?で日本の約2倍程度だそうです。東はインド、北東は中華人民共和国、北西はアフガニスタン、西はイランと国境を接し、南はインド洋に接しています。国土の中心部を流れるインダス川流域に国民の80%以上が住んでいると言われています。 「清浄な国」を意味するパキスタンの名は、英領インドの... ...続きを見る

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2018/06/16 10:30
アリストテレス
アリストテレス アリストテレスは前4世紀後半、実証的・科学的方法で諸学の基礎を確立し、哲学と諸科学を結合して古代ギリシアの学問を集大成した大哲学者です。その研究は自然科学、論理学、倫理学、政治学、詩学などの多方面にわたりました。アリストテレスの哲学は、イスラムの諸学問や中世ヨーロッパのスコラ学(カトリック神学の基礎)をはじめ、近代ヨーロッパの観念論哲学に大きな影響を与えたと言われています。  家庭教師のアリストテレスと                  ... ...続きを見る

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2018/06/08 21:58
オリンピアのゼウス像
オリンピアのゼウス像 オリンピアのゼウス像は、前435年に彫刻家フェイディアスによって建造された主神ゼウス(英語名ジュピター)の彫像です。古代オリンピック(2015年11月7日のブログ・古代オリンピック参照)における奉納競技の本尊とされているそうです。 前5世紀頃にオリンピアにゼウス神殿が建造されました。ゼウス像はこの神殿の奥に収められ、その全幅は神殿の通路の幅と同じだったそうです。座像にもかかわらず、全長は約12mもあったと言われています。前1世紀頃の地理学者ストラボンは「もし、ゼウス像が立ち上が... ...続きを見る

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2018/06/03 21:07
エジプト考古学博物館
エジプト考古学博物館 エジプトの首都カイロにある国立の考古学博物館です。カイロ博物館とも言います。収蔵点数は20万点にものぼると言われています。館内にはツタンカーメン王(2012年9月28日のブログ・ツタンカーメン参照)の王墓から発掘された黄金のマスク、黄金の玉座をはじめ、カフラー王座像、ラムセス2世(2014年12月5日のブログ・ラムセス2世参照)のミイラなど、古代エジプトの至宝が展示されています。 1858年にフランス人考古学者のマリエットがエジプト考古局の初代長官に就任しました。マリエットは国... ...続きを見る

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2018/05/26 15:17
北京原人
北京原人 学名はシナントロプス・ペキネンシスです。北京の西南約54kmの周口店の石灰洞で発見された原人です。1927〜37年の大発掘でほぼ完全な頭蓋骨が発見されました。脳容積は約850〜1200cc。洞穴に住み、打製石器を使い、火を使用していたことが確認されました。 1923年にオットー=スダンスキーらによって人類のものと思われる歯の化石が発見され、27年から組織だった発掘が行われ、37年までに部分頭蓋骨5個を含む多くの原人化石が発見されました。こけらは形態学者ワイデンライヒによって詳細... ...続きを見る

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2018/05/17 21:35
ミルティアデス
ミルティアデス ミルティアデスは古代アテネの貴族出身の軍人です。ヘレスポントスのケルソネソスの僭主でしたが、イオニアの反乱以後、アテネに戻って将軍となり、マラトンの戦いでアテネ・プラタイア連合軍を率いてペルシア軍を破りました。 ミルティアデスは僭主時代にレムノス島を占領するなど功績を挙げましたが、イオニアの反乱でフェニキア軍の接近を察知し、前493年にケルソネソスを離れて、アテネに戻りました。民会で将軍に選出されました。マラトンの戦い(前480)で勝利を収めたことで、アテネの英雄として賞賛を受... ...続きを見る

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2018/05/07 08:32
フィラエ神殿
フィラエ神殿 ここに記事をフィラエ神殿は、エジプト南部、アスワン近郊にあるヌビア遺跡の一つです。現存する神殿はプトレマイオス朝(前304〜前30)時代に建設され、その後ローマ時代にわたって増築が行われてきたと言われています。 4世紀末にテオドシウス1世が、帝国内のすべての古代神殿を閉鎖しようとしたとき、フィラエ神殿は抵抗を続け、453年に条約が締結されて、周辺地域の宗教的自由が保証され、条約は約100年間守られました。 550年に東ローマ帝国のユスティニアヌス1世(2013... ...続きを見る

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2018/05/01 06:45
アウストラロピテクス・アフリカヌス
アウストラロピテクス・アフリカヌス アウストラロピテクス・アフリカヌスは初期のヒト科生物である猿人の一種で、2-300万年前の新生代新第三紀の鮮新世に生存していました。 オーストラリア出身の解剖学者レイモンド=ダートは1924年、南アフリカのキンバリー近郊のタウングで発見された骨断片と頭蓋を研究しました。眼球の位置、歯の並び、そして最も重要なのはその頭蓋骨には、人類と同じような姿勢であったことを示す位置に脊椎とつながる穴(大後頭孔)があったことでした。その大後頭孔の位置は直立二足歩行していたことを意味しているそ... ...続きを見る

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2018/04/22 21:27
ニュルンベルク(国際軍事)裁判
ニュルンベルク(国際軍事)裁判 ニュルンベルク裁判は、第二次世界大戦におけるドイツの重大戦争犯罪人(第1級戦犯)を裁くため、1945年11月20日から翌46年10月1日までナチス党の党大会開催地であるドイツ南部の都市ニュルンベルグで開廷された米英仏ソ4カ国による国際軍事裁判です。             ニュルンベルク国際軍事裁判  左上の人物はソ連正判事のイオナ=ニキチェンコ。 訴因は「侵略戦争共同謀議」「平和に... ...続きを見る

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2018/04/11 09:40
バベルの塔
バベルの塔 バベルの塔は、旧約聖書の「創世記」の中に登場する巨大な塔のことです。 神話とする説が支配的ですが、一部の学者は前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたジッグラト(聖塔)の遺跡と関連づけた説を提唱しているそうです。  バベルの塔(ブリューゲル画)   バピロン 実現不可能な天に届くような巨大な塔を建設しようとして、崩れてしまったと言われることにちなんで、空想的で実現不可能な計画を... ...続きを見る

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2018/04/02 21:24
シナイ半島
シナイ半島 シナイ半島は紅海北岸のスエズ湾とアカバ湾に挟まれた半島です。 ...続きを見る

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2018/03/26 22:04
キュロス・シリンダー(最古の人権宣言)
キュロス・シリンダー(最古の人権宣言) アケメネス朝ペルシアの建国者キュロス2世(在位前559〜前530)は、前550年にイラン地方のメディアを滅ぼして自立し、さらに小アジアのリディア・メソポタミアの新バビロニアを滅ぼして、エジプトを除く大帝国の基礎を築きました。彼が空前の大帝国を支配できたのは強力な軍隊を持っていたからだけではありません。 新バビロニア王国最盛期のネブカドネザル2世(在位前604〜前562)は、前597年にユダ王国を滅ぼしました。そしてユダヤ人をバビロンに強制移住させました。反乱の防止や技術者の確保... ...続きを見る

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2018/03/18 15:56
張騫(ちょうけん)
張騫(ちょうけん) 張騫は前漢時代(前202〜後8)に使者として西域を旅行した人です。前139年頃武帝(在位前141〜前87)の命を受けて、匈奴(きょうど)を攻撃するため大月氏(だいげっし)と同盟しようとして従者100余人をともなって長安を出発しましたが、匈奴に捕らえられました。匈奴の妻をめとり、子も生まれました。十余年間拘留されたのち脱出し、アム川北岸のソグディアナ地方の大月氏の領地に到達しました。 しかし、大月氏に匈奴を討つ意思がなかったので、張騫は帰途につきました。帰途はパミール高原を越えて... ...続きを見る

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2018/03/01 09:55
テッサロニキ
テッサロニキ テッサロニキはエーゲ海北西端のアテネに次ぐギリシア第2の都市です。前315年頃にカッサンドロスによって創建されました。アレクサンドロス大王(2017年6月1日のブログ・アレクサンドロス大王参照)の異母妹の名に由来すると言われています。 3世紀末からゴート族やスラヴ人の攻撃を受けました。ビザンツ(東ローマ)帝国時代はコンスタンティノープル(2012年5月11日のブログ・コンスタンティノープル参照)に次ぐ都市として経済的・文化的に繁栄し、スラヴ人へのキリスト教伝道の拠点になりまし... ...続きを見る

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2018/02/19 21:34
ヤスナ・グラ(ポーランド)の黒い聖母(ブラックマドンナ)
ヤスナ・グラ(ポーランド)の黒い聖母(ブラックマドンナ) ヤスナ・グラの聖母はポーランドの古都クラクフ(2013年10月7日のブログ・クラクフ参照)近郊の聖地チェンストホヴァのヤスナ・グラ修道院に納められている、イエス・キリストを抱いたマリア像の絵画(イコン)(2013年7月9日のブログ・イコン参照)です。聖母マリアの顔が修道院に火が点けられたときの煤で黒くなっているので「黒い聖母(ブラックマドンナ)」の異名があります。 このイコンはヤスナ・グラ修道院を建てたオポーレ公ヴワディスワフによって1382年にエルサレム(2014年9月15... ...続きを見る

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2018/02/12 21:17
「ラーマーヤナ」
「ラーマーヤナ」 「ラーマーヤナ」はヒンドゥー教の聖典の一つであり、「マハーバーラタ」と並ぶ古代インドの二大叙事詩の一つです。7巻2万4000詩?よりなります。最初の詩人アヨーディヤーの言われています。古くからの伝承が後3〜4世紀頃に現在の形にまとめられたと言われています。 主人公ラーマは、コーサラ国の首都アコーディヤーに生まれ、王位に就く際、義理の母の策略により妻シーターとともに14年間の追放にあいました。ラシカーの魔族の王ラーヴァナにさらわれたシーターを、猿のハヌマーンらの助けにより救出し... ...続きを見る

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2018/02/04 21:09
ホモ・ハビリス
ホモ・ハビリス ホモ・ハビリスは、240万年〜140万年前まで存在していたヒト属の一種です。「器用な人」の意味だそうです。 1964年、タンザニアのオルドヴァイでルイス=ルーキーによって発見されました。容姿はヒト属の中では現生人類(2015年1月21日のブログ・現生人類参照)から最もかけ離れていて、身長は大きくても135cmと低く、、不釣り合いに長い腕を持っていたと言われています。ヒト科のアウストラロピテクス類(猿人)から枝分かれしたと考えられています。脳容積は、現生人類の半分くらいしかないそ... ...続きを見る

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2018/01/28 19:46
クイット・インディア(インド撤退要求)
クイット・インディア(インド撤退要求) インドがイギリスに対して「インドを立ち去れ」と要求した反英大衆運動です。ガンジーの指導の下に行われました。 第二次世界大戦中の1942年8月8日にボンベイ(現在のムンバイ)で開催されたインド国民会議派全国委員会は、イギリスの即時撤退を要求して、クイット・インディア(インド撤退要求)決議を採択し、要求が受け入れられない場合、非暴力(2017年10月31日のブログ・非暴力不服従参照)の大衆闘争を開始することを宣言しました。会議派首脳は、インドに独立が認められ臨時政府が樹立されれば、... ...続きを見る

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2018/01/20 09:51
カザフ・ハン国
カザフ・ハン国 カザフ・ハン国は15世紀から19世紀にかけて現在のカザフスタン(中央アジア北部・中部の草原、砂漠地域)に存在したトルコ系イスラム王朝です。           カザフ・ハン国の指導者 チンギス・ハン(2014年4月7日ブログ・チンギス・ハン参照)の子孫ジャニベクとギレイが1470年頃にカザフ・ハン国を建国しました。同国の三つのジュズ(部族連合体)のうち小ジュズと中ジュズは、1730年代にロシア... ...続きを見る

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2018/01/12 09:31
ルター聖書
ルター聖書 ルター聖書は、マルティン・ルター(2014年7月2日のブログ・ルターの宗教改革参照)によるヘブライ語および古典ギリシア語からの旧約聖書と新約聖書のドイツ語訳です。 ウォルムス帝国議会からヴィッテンブルクへの帰路、ザクセン選帝公フリードリヒによってヴァルトブルク(2013年4月22日のブログ・ヴァルトブルク城参照)に招かれた後、当地で潜伏しながら、ルターは聖書の翻訳を始めました。1522年9月には翻訳された新約聖書がグーテンベルク(2013年10月12日のブログ・グーテンブルク... ...続きを見る

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2018/01/01 00:04

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